<41> 初乳・母乳〜お互いの健康を約束〜

 ほ乳動物はわが子に自分のオッパイを授けることで、健康な一生を過ごします。ヒトの場合も同じです。50年前までは、80%以上の母親が自分のオッパイで子供を育ててきました。しかし、20%の子供はオッパイの恩恵にあずかれず、混合乳とか人工乳で補うしかありませんでした。

 母乳育児がとても落ち込んだのは1970年のことです。「ミルクだけでも赤ちゃんは十分に育ちます」と強調され、およそ2割まで減りました。この時をきっかけに、母乳のメリットが真剣に研究され、次第に母乳育児が戻ってきましたが、それでも2人に1人、50%にすぎません。

 生後2日目ごろから、じわじわと分泌してくる母乳を初乳といいます。生後7−10日ごろまでの初乳には、赤ちゃんをさまざまな病気から守る免疫物質が多量に含まれています。免疫物質の主成分は貧食細胞(マクロファージ)、分泌型IgA、ラクトフエリンなどです。これらは人工乳の中には含まれていません。生後2週間は、母乳が出るかどうか最も不安な時期ですが、しっかり飲んでもらうことが大切です。

 生後2週間以降は、母乳が赤ちゃんの発育に必要なだけ出てきます。母乳は100ミリリットル当たり62キロカロリーの栄養素が含まれており、これは多少の差があっても変わることはありません。時にはお母さんの食生活の影響を受けることがありますが、栄養価は同じです。

 母乳栄養は少なくとも4カ月、長くて10カ月まで続けることが大切です。離乳食が始まれば、次第に母乳量も減少してきます。しかし、乳量が減っても栄養価は変わりません。「栄養価が落ちるから母乳をやめなさい」という指示は当てはまりません。以前よく勧められた、母乳を強化ミルクで補う必要は全くありません。

 また、母乳を与えているお母さんは、ほぼ10カ月間の授乳によって妊娠前の体重に戻ります。母乳は、母と子の健康を約束することになります。


(南部春生・2004/03/03 北海道新聞)
 

<42> 卒乳〜授乳無理にやめないで〜

 赤ちゃんは3カ月ごろから動きが活発になり、4−6カ月で寝返りをし始めると、見える世界が一変します。周囲のことに目を配り、そのたびに不思議そうな顔をしたり、びっくりしたりなど、緊張と不安の連続です。その表現のほとんどは、泣いたり、むずかったり、夜泣きをしたり。「あんなにたくさん遊んであげたのにどうして!」「たくさん食べたり飲んだりしたのになぜ?」と、お母さんはイライラしますね。

 このむずかりや泣きを静めるためには、母乳を授けることが最も効果的です。赤ちゃんが泣いたりむずかるということは、親にはとうてい理解できない刺激によって緊張し、不安になったからです。この不安を解消するのがオッパイなのです。

 このようなことは生後2−3歳ころまで続きます。歩いたり、走ったり、転んだり、しかられたり、ほかの子と争ったり、きつい言葉を聞いたり、きょうだいの押し問答があったり、旅行に行ったり、疲れたり。赤ちゃんの周囲には、とめどなくさまざまな刺激が入り込んでいます。そのたびに喜んだり、悲しんだり、我慢をしたり、甘えたりして、お母さんを困らせ、またひどい夜泣きを繰り返すことにもなるのです。

 そのたびにオッパイを含ませると安心して眠りにつきますし、それを見てお母さんもほっとします。ですから今は、断乳というきつい言葉でオッパイを中断する考えはなくなりました。オッパイは赤ちゃんが自然に離すものであり、断乳の代わりに卒乳という言葉が使われるようになりました。

 この時期こそが、子供がオッパイから大人の食べるものにどんどん興味を示すときです。つまり、オッパイを卒業したということです。下の子を妊娠したときには「オッパイ、そろそろやめようね」と優しく繰り返し、決して無理に止めないことも大切です。

 母乳には3つの役割があります。[1]初乳は赤ちゃんを病気から守るお薬です[2]赤ちゃんにはお母さんのオッパイこそ最高・最適の栄養品であり、スクスクとした成長をもたらします[3]卒乳は赤ちゃんの心の不安を解消することに関係しており、これは甘やかすとかわがままを許すということとは全く異なります。

(南部春生・2004/03/10 北海道新聞)
 

<43> 混合乳・人工乳〜栄養はあるが免疫含まず〜

 母乳を普通に授けているお母さんでも、多くの方が母乳の不安や不足などの悩みを持って相談に来ます。上の子がミルクや混合乳(母乳と人工乳を与えること)の場合、下の子も同じになると思いがちです。

 母乳をあきらめてしまう最初のきっかけは、多くの場合生後2週間のことです。この時期はオッパイを繰り返し吸わせることで次第に分泌量が増加してきますが、飲んで眠ってもすぐに目が覚めると、「やっぱり私のオッパイは足りない」と考えてしまいます。ミルクを補うと良く寝てくれるため、次第に混合乳、人工乳のみとなってしまうのです。

 混合乳に変えるのは、体重の増加が不十分なときです。1カ月健診で、1日の体重増が20グラムを超えていれば、母乳のみでも大丈夫です。私は、心配するお母さんには、授乳の前に活動的な遊びを十分してもらいます。どうしても心配というときは、外来で何度もお母さんが納得するまでかかわり、その結果、「ミルクを補いましょうね」と答えます。

 人工乳の栄養価は、どの会社のミルクも100ミリリットル当たり72キロカロリーです。母乳と比べ胃における停滞時間が長いので、その分飲ませる回数が減ります。母乳は7−8回ですが人工乳は5−6回でちょうどよいのです。

 現在市販されている人工乳には、タンパク、脂肪、炭水化物に加え、母乳に近くなるように、赤ちゃんの発育発達に必要なタウリンも添加され栄養上の価値は備わっています。しかし、母乳に備わっている免疫物質は含まれず、病気を守るという意味では十分でありません。

 人工乳のみになったときは、4−5カ月から離乳食を同時に始めましょう。与える時は、子供の口元を見て、欲しそうにしているかどうかが“カギ”です。およそ生後10カ月までには、ほぼ1日3回の離乳食が進みますが、1歳のお誕生日前後では離乳食3回とミルク2−3回となり、その後は少しずつ牛乳に切り替えていくことにもなります。

 ただ、ミルクの場合、一人飲みさせたり、テレビを見せながら飲ませることはよくありません。これでは赤ちゃんの人間性は育ちません。抱いてミルクを飲ませ、優しいお母さん、お父さんの声掛けがいつも漂う生活。これが心豊かな環境であり幸福への道です。

(南部春生・2004/03/17 北海道新聞)
 

<44> 離乳食・幼児食〜硬さ、量に注意 親子一緒に〜

 乳児が5−6カ月になると、母乳やミルクだけでは栄養が不足します。離乳食は幼児食に移行する段階の食事です。味覚形成や栄養確保のために大切なので、硬さや量に注意し、種類を増やすなど、偏食のない幼児食に移るよう心掛けましょう。乳児の味覚は非常に発達していて、薄味が原則です。大人がおいしいと感じる物をあげて、親子で食べることを一緒に楽しんでください。

 離乳食は5カ月ごろ、首が据わり、支えると座ることができ、食物を見せると口を開けるようになると、本格的に始めます。準備期(2−4カ月)は、母乳やミルク以外の味やスプーンの感触に慣れることが目的です。果汁や野菜スープ、みそ汁の上澄みなどを与えてください。初期(5−6カ月)は、1日に1度の1回食から始めます。どろどろの状態で、でんぷん質が主体になり、飲み込むことに慣らせます。

 中期(7−8カ月)は2回食になり、舌でつぶせるほどの硬さでタンパク質を加えていきます。いろいろな味に慣れる時期です。後期(9−10カ月)は3回食にして、歯茎でつぶせるくらいの硬さにします。栄養の3分の2は離乳食でとり、鉄分の多いものを与えて幼児食に近づけます。

 調整ミルクには育児用ミルクと離乳期用ミルク(フォローアップミルク)があります。育児用ミルクは母乳の代用として、銅や亜鉛を入れてます。離乳期用ミルクは牛乳の代わりに栄養を補給することが目的で、タンパク質や糖、カルシウムなどが多く含まれています。しかし、銅や亜鉛は含まれていませんので、9カ月ごろになり3回食になってから与えてください。育児用ミルクの方がよく調節されているので、無理に離乳期用ミルクに代える必要はありません。またはちみつは乳児ボツリヌス症を防止するため、1歳までは与えないでください。

 幼児は発達が盛んで運動量も多いので、必要な栄養は、体重1キロあたり、大人の2倍から3倍になります。1日3回の食事でとることは、胃の大きさや消化能力からみても難しいので、おやつを入れて5回食にする必要があります。おやつも食事の一部分と考えて乳製品や穀類、小麦粉、豆類などを使ったものを与えてください。

 1歳以後は牛乳の飲み過ぎに注意し、1日400ミリリットルぐらいにしてください。
 またスポーツドリンクはカロリーが高いので、発熱や嘔吐(おうと)、下痢などで脱水が起きている時は有効な飲み物ですが、元気な時は与え過ぎないように注意しましょう。

(梅津愛子・2004/03/24 北海道新聞)
 

<45> 事故 中毒〜周囲の大人が守って〜

 小児の死亡原因は、ゼロ歳児以外では不慮の事故が1位です。事故の中で多いのは、乳児は窒息と溺水(できすい)、幼児は交通事故と溺水です。小児科の外来で、鍵の束を口にくわえている子供や、高いところに子供を置いている場面を目にします。子供を事故から守るためには保護者が原因を知り、予防することが大切です。

 誤飲については、たばこや防虫剤、洗剤、ボタン型電池、薬などは中毒症状に注意が必要です。小さいおもちゃや硬貨、豆類、特にピーナツは気管に入ると窒息します。3歳以下の子供が飲み込める大きさの目安は500円玉や鉛筆のキャップ位といわれていますので、子供の手が届く所には放置しないでください。

 誤飲したものによって、水や牛乳を飲ませたり飲ませなかったり、吐かせたり吐かせなかったりと、対処方法が違います。表にまとめましたので、正しく対処し、早く病院を受診してください。

 溺水は家庭内の浴槽での事故が多いので、残し湯をしない、浴室内に子供を一人にしない、浴室に鍵をかける−などが大切です。家庭外では近くに川や沼、農業用水路などがある時は一人で外出させないでください。

 交通事故は三輪車や自転車に乗った時が多いので、ルールの指導が大切です。車に乗るときは、必ずチャイルドシートやベビーシートを正しく装着し、使用してください。

 そのほか、ストーブやアイロン、熱いお茶、カップラーメンなどによるやけどに注意しましょう。転落事故を防ぐため、ベランダや窓のそばには踏み台になる物を置かないでください。子供を事故から守るのは大人です。みんなで気を付けましょう。


(梅津愛子・2004/03/31 北海道新聞)


誤飲時の対処法
(1)水を飲ませる (2)牛乳を飲ませる (3)吐かせる
<非常に危険なもの> (1) (2) (3)
除草剤(パラコート)、殺虫剤(有機りん)、消毒剤、パーマB液、殺ソ剤
洗浄剤(トイレ、住居用)、塗料(アニリン系) ×
石油 × × ×
油絵の具 × ×
<危険なもの> (1) (2) (3)
ナフタレン、しょうのう ×
漂白剤、塗料(鉛)、乾燥剤(生石灰) ×
内服薬(睡眠薬、うつ剤、抗けいれん剤)、殺虫剤(ピレスロイド、クマリン)
ボタン型電池 直ちに病院へ
<あまり危険でないもの> (1) (2) (3)
たばこ(1/2本以上、水溶液は危険)
防虫剤 ×
洗剤(台所、衣類用)、香水、入浴剤、シャンプー、乾燥剤(シリカゲル)
内服薬(感冒薬、抗ヒスタミン薬、抗生物質、油溶性ビタミン)外用薬
×






<46> 自律神経失調症〜新生活 心の揺らぎ見て〜

 春の風が吹いて、入園や入学の季節です。卒園式の緊張も取れて、のんびりしたのもつかの間、幼稚園や学校での新しい時間が始まります。クラスの顔ぶれに慣れて友達ができるまで、子供たちは、また緊張の日々です。大人にだって「5月病」があるのですから、子供だからといっていつも元気いっぱいとは限りません。新しい環境になじむのは。結構大変なのです。

 入園式の後は、バス通園が待っていますね。みんなと一緒に楽しく乗って行ける子もいれば、一人では乗ることができなくて、大泣きのお子さんもいます。行事もたくさんあって、こなすのも大変。幼稚園の「大将さん」も、頑張りすぎて「自家中毒」になり、青い顔をして点滴を受けに病院へ通ったりもしています。「日曜日は近所でのんびり」がお勧めです。

 お母さんと一緒の入学式。ランドセルを背負ってはつらつとしていたけれど、一人で通い始めると学校は結構遠い。途中に怖い犬や上級生、最近は『変な大人』まで出没して、通学も大層疲れます。学校は幼稚園とは勝手が違い、家族にも「頑張れよ!」「勉強はどうしたの!」とか言われるし、先生との接し方もだいぶ違い、のんびりとはいかないことだってたくさん出てくるでしょう。

 「通園や通学が子供たちのストレスになるなんて考えられない」「みんな元気に遊んだり話したり勉強したりしているでしょう」と思っているお父さんやお母さんがいます。確かに子供たちの多くは、ストレスを乗り越えて大きく成長していきます。だけど、鈍感な大人になってしまって、子供たちの心の揺らぎが見えないのかもしれませんよ。

 「自律神経」は交感神経と副交感神経という2種類の神経が、補い合いながら働いて、健康を保つのに必要な心臓や呼吸などの働きを調節する神経です。ですから、何かのストレスで神経のバランスが崩れると、自律神経失調症につながります。疲れやすい、だるい、腹痛、便秘や下痢、めまい、頭痛、どうきなどの症状が出て、通園や通学ができなくなることもあるでしょう。

 家族の世話をして、外の仕事もあったりで、お母さんだって大変です。だけど、頼みますね、子供にとっては「お母さんただいま!」って言えた時がとても幸せな一瞬なのですから。

(田村正・2004/04/07 北海道新聞)
 

<47> 虐待とその周辺〜ささいなことで暴力に〜

 児童虐待のニュースが新聞に載らない日がないといっても言い過ぎではないほどに、最近の子供たちは大人からの暴力に、まるで無防備にさらされています。記事になるのは、既に悲惨な結果になってしまったときです。そこに至るまでの子供たちの肉体的、精神的苦痛は、どんなにか大変なものだったのか想像もできません。

 幼い子供を殴打したり、突き飛ばしたり、つねったり、やけどを負わせたり、食事を与えない、などの虐待が行われています。かわいいわが子に一体なぜ、死に至るまでの暴力が振るわれるのでしょうか。

 お漏らしや口答えなどのささいなことや、未熟児で長期入院していたため子供とのスキンシップが少なかったり、その後の養育が難しいときが、きっかけになりやすいようです。不用意に強く揺すったり、高い高いをしたときなどに頭蓋(がい)内出血を起こして「揺さぶられっ子症候群」になることもあります。

 また、援助交際と称して子供たちを金銭と性の世界に引きずり込むのも大人の暴力です。アフリカなどの発展途上国では、子供が銃を持ち兵士として戦場に狩り出されたり、エイズまん延の元となる売春に従事させられたりもしているのが現実です。

 自分より弱いものを力で支配する大人の論理の前に、子供たちはあまりにも無力です。こうした子供たちの悲惨な状況が改善されることを願ってできたのが、児童の権利に関する条約です。
 こどもの権利条約は、1989年国連総会で採択され、わが国では九四年に批准されました。条約は、「親による体や心への暴力や虐待、放任などから子供を守り、家庭環境を奪われた子供は、国の保護や援助を受ける資格がある」としています。

 虐待のない社会では、大人も子供も生き生きと生活できるでしょう。自分勝手な大人にだけ都合の良い社会ならば、子供にとって豊かで活気ある未来へと発展しないでしょう。悲しい事件を起こさないための努力が今、必要なのだと思います。

 もし育児での悩み事や子供への暴力や虐待が起きたなら、ためらわずに、近くの小児科医院に相談してください。医療機関と地域の保健師らが連携する支援(育児支援ネットワーク)もあります。必ずや最良の解決の道が見つかるはずです。

(田村正・2004/04/14 北海道新聞)
 

<48> 心の痛みは体の痛み〜「繊細な神経」忘れないで〜


 あつ君は小学3年生になります。もともとぜんそくだったけれど、しょっちゅう発作が起きるというほどではありませんでした。だけど、もうすぐ新学期が始まるというころになって、何か元気が出ません。たんがからむせきもなかなか取れません。血液検査をしたり、エックス線写真を撮っても、肺炎など感染症は見つかりません。昼間は比較的元気でも夜になるとせきが止まらなくなって、朝になると疲れてしまいます。

 ありさちゃんは、5年生になります。背が高くてひょろっとしています。週末になると腹痛や頭痛がひどくなって、強い吐き気と嘔吐(おうと)のために胆汁という黄色の液体を吐くようになります。尿にアセトンが出て、お父さんの二日酔いのときのにおいがします。コンピューター断層撮影装置(CT)や磁気共鳴画像装置(MRI)、脳波など脳の検査では異常は見つかりません。

 ゆきなちゃんは1年生になります。去年の秋には、手に触れるものすべてが汚く思えて、何回も何回も休む暇もなく手を洗わずにはいられなくなりました。夜になると、お化けが出てきて話しかけられたりもしました。

 子供たちは毎日元気そうに飛び跳ねているかに見えますね。だけど、本当はみんなとても繊細な神経をしていて、感受性も豊かで、周りの大人のやり方や出来事を細かく観察しています。だから、大人たちの何げない言葉や行いに傷ついて、どのようにも解決の方法が見つからなくて、足が痛くなったり、嘔吐や腹痛、頭痛や頻尿といった症状を出して警告を発しているのです。

 まさかこんなことが、と思うことが原因になっていることも多いのです。クラス替え、席替え、学校や幼稚園の先生が変わったとか、夫婦げんかをしたときなんかは、子供はもう、ドキドキでどうしようかと不安で胸がいっぱいになってしまいます。

 ひよこを手のひらで抱いたことがありますか。毎日が忙しくて、ついつい子供にきつい言葉を投げてしまうこともあるでしょう。だけど、ちょっとだけ待って、昔、子供の時にふわふわのひよこや子犬を抱いたときのことを思い出してください。そんなふうに子供たちをしっかり抱きしめてやってください。子供の心と体を守ってやれるのはお父さんとお母さんなのですから。

(田村正・2004/04/21 北海道新聞)
 

<49> 情緒不安、どうして〜大切な支柱失うと乱れる〜

 心配ごとや耐えられないことがあると、心が動揺して気持ちが荒々しくなったり、しょんぼりしてしまうことはだれにでもあります。
 でも、この不安をだれかに伝えても、「それは情緒が不安定だから」「しっかりしなさい」などと、同情でも激励でもない答えが返ってくることが多いものです。

 情緒不安は、赤ちゃんから子供、成人、お年寄りに至るまで、どの年齢でも起きるものです。

 例えば、赤ちゃん。何をしても泣きやまないとか、逆に全然泣かないときは情緒不安の可能性があります。少し大きくなると、はしゃいで落ち着きのない子や、しょんぼりして友達の輪に入ってこない子も同様です。
 大人でも、仕事がうまくいかなかったり、家庭で心配ごとがあると落ち込みます。伴侶を失ったときなどもそうです。

 結論を言えば、情緒は、大切な支柱を失ったときに乱れるのです。また、支えてくれる人がいても、どうしても言いづらい場合は、一人で悩んでしまうのです。

 ですから、子供でも大人でも、情緒は、優しく支えになる人がそばにいれば安定します。こうした状態が続くと、元気を取り戻し、自信を回復していくのです。

 もし相手が情緒不安なら、「どうしたの。言わなければ分からないでしょう」と声をかけるのではなく、「何かつらいことや困ったことがあったの。よかったら話してくれない」などと尋ねるのがいいでしょう。

 多くを語らず、優しい聞き役に徹することが大切なのです。
 最近は脳科学の研究が進み、情緒や理性の中枢が科学的に説明できるようになってきました。それは、知能の中枢に勝る「最高次の中枢」です。

 この中枢は10歳までに十分成熟することが大切とされています。特に、親や大人が優しくかかわってくれたり、楽しく遊んでくれることによって、子供は人間性(思いやりの心)や社会性(たくましく生きる力)、想像力や集中力を身につけるようになるのです。

 「乳幼児期にテレビを見せない」「さまざまな早期教育は考えもの」というような結論は、こうしたことから導き出されたのです。

(南部春生・2004/04/28 北海道新聞)
 

<50> 気になる症状〜ストレス表現 抑制はダメ〜

 子供にはよく「変なくせ」があります。

 身体的には、指をしゃぶってぐちゃぐちゃにする。何度もつめをかんで切る必要がなくなる。片手で性器を触りながらもう一方の手を耳や鼻に持っていく。いすにまたがって自慰行為をする、などです。

 心の表現では、いつもぐずぐずはっきりしない。返事をしない。ちょっとしたことで突然泣きだす。部屋の隅でもじもじする。ひとり言をつぶやく。ときには意味もなく相手にかみつくこともあります。
 そんな子供たちの姿を見ると、親はついうるさくしかりつけて、泣かしてしまうものです。

 でも、子供たちは、親や先生のいないところで、きょうだいや友だち、他の園児などとぶつかり合い、小さな競り合いを経験しています。
 こうしたことが積み重なって生まれたストレスを、さまざまな形で表面に出せる子供はいいのですが、表にはまったく出せずに無口になって無意識のうちに何か「気になる症状」で示す子供もいるのです。

 子供たちは、その時々を一生懸命に行動しようとします。小競り合いやぶつかり合いがあるのは当たり前です。

 大人は「けんかはだめ」「友だちと仲良くしようね」「きょうだいげんかは許さない」などという予防策を取ってはいけません。そうすると、子供たちの自然の言動を強く抑制することになります。その嫌な思いが募ったとき、子供は大爆発したり、反対に内面にこもってしまうのです。

 だから、こうした小さな症状をつかんで子供とかかわることが、大切な大人の役割です。「何かつらいことがあったの」「お母さんが優しくなおしてあげる」などと言う方が得策です。

 「あなたも悪いのでしょう」ではだめです。子供が表に出した症状や問題を早く解決したいときに、うるさい指示や命令は禁物です。
 かえってこうしたかかわりが、子供たちの心を委縮させ、それこそ「キレる子供、キレる大人」づくりになってしまうのです。


(南部春生・2004/05/05 北海道新聞)